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人生のあらゆる決断を先延ばしにする理由

ついつい、決断を先延ばしてしまうことはないでしょうか。

このブログでは、特に占星術にふれることが多いのですが、たとえば『占星術でだめなら、違う占術で。』というのも、その典型なのかもしれません。

大抵、欲している答えは、すでに自分の中にあります。

決断して行動する勇気がないからこそ、より確実で強力な答えによる後押しを求めてしまう…。

著名人やインフルエンサーの発信を真に受けたり、占いや何かにすがりたくなる気持ちは、私にも痛いほどわかります(笑)。

こうしたものは、占星術でたとえるならば海王星的で、共感でつながり、良くも悪くも私たちを夢見心地な状態に留めてくれます。

もう一度理想や夢を描いたり、ひとときの休息をとるにはちょうどいいのですが、その心地よさに依存してしまうと、私たちは決断を先送りし、踏み出す力を失うこともあります。

実現化の保証を求め、都合のいい言葉ばかりに意識を向けることもあるでしょう。

ですが、これまでの経験上、誰か(何か)に完璧な保証を求める行為は、自分の人生創造においては意味がありませんでした。

この世界に肉体を持って生まれた以上、私たちはチャレンジし、どんな結果になろうとも、自分の決断に対する責任を負う(受け入れる)覚悟が必要なのだと思います。

その責任から逃げ、『私は悪くない!〇〇(インフルエンサー/占い師)が大丈夫って言ったもん!』などと叫んだところで、そこから何も学ばない限りは、同じような困難が次々と降りかかってきます。

幻想と一体化した自分をそこから引き離し、改めて自分という人間の存在を自覚する。その一歩を踏み出すしかないのです。

そのためには、思考よりも直感を優位に使うことが大切です。気付いたら動いているくらいが、ちょうどいい。

動くタイミングをはかるのも大切かもしれませんが、思考が優位であればあるほどタイミングを逃し、失敗を恐れて行動できないのも事実です。

オリジナルの人生を歩もうと決めた時、私たちは自分に意識を向けることができます。

自分の能力で、どのようなテーマを持って生きるのかを、改めることもできるのです。

今、決断しようとしていることは、本当に自分の意志なのか(他者に影響されて自分の価値観を見失っていないか)。

なかなか決断に至らないのは、なぜなのか。

これらについて、客観的に自分に問うてみるのがいいかもしれません。

 

 

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